映画『トラぺジウム』を観た感想
「主人公がめちゃくちゃ性格悪い」という評判を聞いて
「どういうこと!?」となり、
映画『トラぺジウム』を観てみた
以下感想(※ネタバレ注意)
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実際観てみたら自分自身にかなりダメージ食らった
共感性羞恥とか同族嫌悪とか(;´∀`)
なんか昔のことがいろいろフラッシュバックしちゃった💦
何者かになろうとする必死さとか
自分は頭が良くて立てた計画は完璧だと思ってることとか
周りの人の気持ちなんて考える余裕ないこととか
成功は全部自分の手柄で失敗は全部人のせいにしちゃうとか…
自分に心当たりありすぎて…(笑)
私にはこの主人公程大きな夢とかあったわけではないけど。
だから特別主人公の性格が悪いとは思えなかった
ただ作品としてここまで主人公の負の側面を描くのは珍しかった
だけど主人公がここまで無理をした理由はちゃんと描かれている
アイドルになりたくて、最初は正攻法でいった
オーディションをいくつも受けて、落ち続けて、
自分に普通の道でアイドルになる力がないと思い知ったから
ちゃんと自分の分をわきまえたから、なりふり構わない行動に出た
女子高生という若さで自分を含めたアイドルグループを企画して、
売り出し方も考えて、
実際にメディアに売り込む行動力はすごいとしか言いようがない
あくまでフィクションではあるけれど、
幼いころから何かを強く夢見る人というのは
このくらい行動力があってもおかしくないのかも。
他人の犠牲も自分への評価も
なにもかも構わず必死で行動して
いっぺん全部失うからこそ、
再び成功をつかんだり別の道が見つかったりする
結局ものすごく人間というもの、
若さゆえの愚かさや勢いというものを描いていて
説得力があると思った
自分自身の恥ずかしさから逃げずに全部さらけ出している
私だったらもっと主人公の汚さ隠しちゃうと思う
自分の汚さは棚に上げて(笑)
そういう意味ですごい作品だった
破滅を描いてはいるけどそれを踏み越えた上での友情や希望も
描かれているのでエンディングは爽やかだった
ラフスケッチのノリでいろいろ描いてみる
適当に、軽い気持ちで
いろんな表情とか仕草なんかを描いてみてる
結構たのしい
だいぶ変な気負いがなくなってきた
このノリでマンガとかもどんどん描きたい
マンガもなんとなくずっとアナログでかいてはいるんだけど。
とりあえずストーリーとかあんまり気にせず、
なんとなく話が続いているような感じでずっと
ネームを描いていく
そんでそのネームの中から
ストーリーになりそうなところを拾っていく
そんな感じで描いていこうかなと思っている
そこのところについてはまた別のブログで詳しく書いてみたい

ラフスケッチいろいろ効果ありそう
前にラフスケッチについてブログに書いて、
アナログでもデジタルでもやってるんだけど
今のところすごくいい
何も思いつかないときの方法として考えたんだけど
他にも効果あった
一番は、創作始めた原点に立ち返れた
絵を描き始めた一番最初は、
絶対に人から評価されようとか、うまく描こうなんて思ってなかった
「とにかく好きだから描く」
「伝えたいことがあるから描く」
この一心だったってこと、やっと思い出せた感じする
それともうひとつ、
「これはラフスケッチだから」っていうのが
自分への弁明として使えるようになった
今までうまくいかないたびに投げ出してしまいがちだったけど、
「これはラフスケッチだから、細かいことなんか気にしなくていい」
と自分に言い聞かせることで
とりあえず最後まで全部描けるようになってきた
もちろん模写もこの方法でやることで、
①とにかくシルエットをつくる
②短時間で特徴をつかむ
③光と影を意識する
↑この3つが身についてきたように思う
①と②を意識したラフスケッチのノリだったら
外でも人目を気にせずできるので常に暇さえあればやる
このラフスケッチをきっかけに、息するように絵を描いていきたい

↑なんか複数の資料を使ったイラストも
ラフスケッチのノリで描くと
すごく気軽に描けるようになった…
常に肩の力を抜けるようになった気がする…
何も思いつかないときのラフスケッチ
とにかく描くものが思いつかないとき
私はだいたいずっとうなりながら
自分の頭の中だけでなんとかしようと悩んでいたけど
これははっきり言って時間の無駄だった
なにも思いつかないときときこそ手を動かさないといけない
そのための方法がラフスケッチ
とにかく資料もってきて、手あたり次第雑に描きながら
応用できないか考える
デザインとかの参考にしたいだけだから、ほんとに雑でいい
植物や小物は衣装デザインの参考
建物や景色は構図の参考
人を描くときは表情や仕草から
どんな「感情」か、
「なぜその感情が生まれたのか」を想像して
ストーリーの参考にする
※ストーリーのヒントにするなら
やっぱり写真とか一枚絵のイラストより
映画とかマンガとかの一場面を参考にした方が
想像膨らむ気がする
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もっといえば、
自分が驚いた場面とか
なんか引っかかった場面とかの方がいいかも
これからはこれをどんどんやりつつ、
アイディアの種を見つけていきたい

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このくらいのノリでどんどんかいていく
特にPCで描こうとすると手が止まりがちだから
PCで毎日やる
どんなアイディアも誰かのためになる
最近気づいたこと
アイディアの価値って、
それを考えた人個人の能力の高さとは関係ないってこと
アイディアの最大の価値は
「アイディアを必要とする人と異なる生き方の人が考えた」
ってことだ
というのも、
創作するようになってから
一人で考えたアイディアは絶対に浅いと気づいたから。
これは私自身の能力が低いからということではなく、
きっとどんなに能力が高い人(いわゆる「勉強ができる人」)でも
ものすごく面白いアイディアを自分の頭だけで考えることはできない
自分と全然違う生き方をしている人のアイディアをもらって
組み合わせたり引いたりすると、
アイディアはどんどん面白くなっていく
アイディアの中身に関しては、
①突拍子もないこと
②単純なものであること
③正解と真逆であること
この3つのうちのどれかが当てはまるほど役に立つ
アイディアを発展させやすい
このことに気付いてから、
何日も悩んで渾身のアイディアを1つひねり出す人より、
しょーもないことでも毎日発信する人の方が世の中にとって価値が高い
ってことが心の底から納得できた
だから自分も、思いつくままに発信していいんだって思える
最近はそういう謎の自信が
頭の柔らかさにもつながっているような気がする
きっと人生を楽しく生きている人というのは、
雑多な背景をもつ人達に囲まれて、
どんなアイディアでも面白がって取り入れられる人なんだろうなと
ふと思った
自分を小学生だと考える
タイトルがなんかふざけて見えると思うんだけど、
めちゃくちゃ大真面目に考え続けた結論。
なんかいろいろ、自分はちゃんとした大人だと思うから
しんどくなるんだよね
特に創作においては、ちゃんとした大人である必要なんか
ほとんどない、むしろそんな意識は邪魔
(もちろん他人に見せるものについては
ある程度大人としての倫理観は必要だけど)
今まで積み上げてきたものが全然違うのに、
同じ大人というだけで他の人と自分を
どうしても比べて自己嫌悪してしまう
自分の絵が誰かより劣るのは
その人より自分が真剣に絵に向き合った時間が圧倒的に
少ないだけなのに、
なぜか人間として全体的に劣っているような気がしてしまう
「こんなこと書いて変だと思われないだろうか」
「大人なのにこんな下手なの出したら恥ずかしい」
いつもいつも、
こういう無意味な思考に邪魔されて、
まともに作品を作ることも発表することもできない
だから創作においては基本、
自分を小学生低学年くらいだと思うことにした
小学生なんだから、多少デッサン狂ってようが気にしない
色が変でも気にしない
ちゃんと描き上げただけでエライ!
何を描いてるか伝わるだけでスゴイ!!
っていうか小学生でこれ描けるの天才じゃね?(笑)
変に思われるかもだけど、
きっと私にはこのくらい壊れたレベルの自己肯定感が必要なんだ
ほっとくと勝手に悪いとこ探して
全部セルフボツしちゃうから。
これからはこの考え方で、
いい意味で暴走したい(笑)

なんか謎の自信あると
まず線の勢いが違うんだよね…
アタリとか小学生は普通つけないし!みたいな自信(笑)
でも驕るばっかりじゃなくて、
「今でもうまいけど資料見たらもっとうまくなっちゃうんじゃね?」
くらいのノリでどんどん小学生神絵師(ウソ)を目指したい
締め切りを先に作る
なんか似たようなこと何回も書いてる気がするんだけど
自分が学習しないから仕方ない💦
まだどうも自分が満足するまで結果を出さない癖がある
もっとよくできるはずだって
ありもしない完璧を追い求める癖。
もっと問答無用で締め切り時間になったら提出する癖付けたい
そのために活用したいのがポモドーロテクニックってやつ
25分作業+5分休憩を4セットやったら15~30分休憩するっていう方法
とりあえずこのブログの文章は25分以内に完成させる
創作でもなんでも、
全部のことでこういう締め切り厳守は習慣化したい

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どんなに納得いかない絵でも
今後は時間になったら脊髄反射で出す(笑)